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08 16

投稿者: 社長 ブログ
2013/08/16 7:49

2013年8月16日(金)(晴れ)

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その1(成田~パリ経由~ウィーン)!!」の続きです。

2日目(8月6日(火))

本日午前中は現地オプショナルツアーの「みゅう」の半日市内観光を予約していました。

個人だとシェーンブルン宮殿のチケット売り場が大変混むと聞いていたので、ここはツアーを利用したほうがいいなとの判断です。

集合場所のアルベルティーナはホテルから徒歩5分ほどです。


「集合場所:アルベルティーナ(旧ハプスブルク家邸宅で現在は美術館)のエスカレーター前」

集合時間
の8:50より20分以上早くついてしまったので、集合場所の目の前にあるカフェ・モーツァルトでコーヒーを飲むことに。


「カフェ・モーツァルトと生クリームたっぷりのアインシュペナー」

ちなみにウィーンには「ウィンナーコーヒー」名称のコーヒーは存在しないそうです。

ウィーンの人々が日常的に飲んでいるのは、エスプレッソに温かいミルクを加えた上にさらに泡立てたミルクを載せたメランジェ(Melange, フランス語で「混ぜる」の意)という種類で、日本でいうカプチーノとほぼ同じものだそうです。

しかし・・・

集合時間の8:50になっても日本人らしきガイドもツアー客も一人も集まりません。

9:00・・・同上

ツアー
を予約したはずの息子に「みゅう」に電話をさせると、なっなんと予約を入れていたのは8月5日・・・つまり昨日!!

本日8月6日もツアーはあるらしいが、本日のお客さん6名全員が8:40には揃ってしまったので既に出発してしまったとのこと!!

おまけに昨日は宿泊ホテルを含め、相当われわれを捜してくださったらしい・・・(*_ _)

それでも、シェーンブルン宮殿までタクシーを飛ばせば本日のツアーに合流させてくれるとのこと。

異国の地で、しかも自分達(正確にはアホ息子)のミスなのにありがたい話です。

取り急ぎ、タクシーをつかまえて5Kmほど先のシェーンブルン宮殿へ。

ほんと5Kmぐらいで助かりました。(*´ω`*)

なんとか「みゅう」のガイドさんと6名の日本人ツアー客の方達と合流することができました。


「世界遺産:シェーンブルン宮殿、右は庭園、向こうに見えるのはグロリエッテ(対 プロイセン戦の勝利と戦没者の慰霊の為に立てたギリシャ建築の記念碑(未完成))」

ハプスブルク皇帝
の夏の離宮だったこのバロック宮殿では、マリア・テレジア女帝や皇妃エリザベート(シシィ)の暮らしたロココ調の豪華な部屋の数々が、見学コースとして公開されています。

内部の写真撮影はNGでした。

鏡の間では6才の子供ながら天才だったモーツァルトがマリア・テレジアの前で御前演奏をしたそうです。

それにしても宮殿内部はエアコンが入っていないのか、人混みで効いていないのか結構蒸し暑かったです。ε-(´o`
(ちなみに今回合流させてもらった日本人ツアー客の泊まっているホテルにもエアコンがなく、暑くて眠れないそうです。ウィーンの夏はもともともっと涼しかったのでは・・・?)

宮殿内部を一通り見学し、広い庭園を見渡すとウィーンにやってきた実感がどんどん湧いてきます。!!

お天気は晴天!!朝は涼しかったのですが、気温がどんどん上がってきます。ガイドさんの話だと本日は37℃まで上るそうな。

シェーンブルン宮殿を後にし、ツアーバスに乗りベルヴェデーレ宮殿へ
 

「ベルヴェデーレ宮殿の門、上宮、上宮と下宮の間の庭園に立つバロック調のスフィンクス像」

ベルヴェデーレ
とはラテン語で「美しい景色」という意味とのことです。

300年位前のオスマントルコとの戦いで有名な将軍オイゲン公(独)の夏の離宮として造られたそうです。

オイゲンの死後1752年に、ハプスブルク家のマリア・テレジアに売却され、現在はオーストリア絵画館になっています。


「宮殿の構内に作曲家ブルックナーが晩年を過ごした邸宅がありました」

半日市内観光ツアー
はこの後、バスでアルベルティーナに戻って終了ですが、ワタクシ達は折角ベルヴェデーレ宮殿に来たのでグスタフ・クリムトの絵を鑑賞するためにそのまま残ることにしました。


「上宮の絵画館にはグスタフ・クリムトの「接吻」やシーレなどの有名な絵画が飾られています。ただし、個人所有の絵画ということで撮影はNGでした。」

クリムト
の「ユディット」を探しましたが、どうしても見つけられず・・・

どこかに貸し出されたのでしょうか??それとも別の所にあるのかナ??

ベルヴェデーレ宮殿からトラムでシュテファン寺院を目指そうとしましたが、切符を買う為の小銭がなく、タクシーでいく事に・・・


「シュテファン寺院前景、ハプスブルク家の紋章双頭の鷲の紋章のモザイクの屋根、シュテファン寺院内部」

ウィーン
のシンボルでもあるシュテファン寺院は、オーストリア最大のゴシック建築物です。異教の塔と呼ばれる正面左右の塔とリーゼントアー(正面入り口)は、現存する最も古い部分で13世紀に建てられました。


「シュテファン寺院の前にはフィアカーと呼ばれる2頭立ての観光馬車がずらりと並んでいました。」

シュテファン寺院を後にし、少し歩いてランチというかカフェタイムにすることにしました。


「ホテルザッハーのロビーと隣接するカフェ・ザッハー」

カフェ・ザッハー
には運よく待たずに入店することができました。


「本家本元:オリジナルザッハートルテ、アプフェルシュトゥルーデル(ウィーン風アップルパイ)、旦那の頼んだコンソメ味のキャベツ入りNoodle」

食後は歩いて、王宮(ホーフブルク)を目指すことに。


「モーツァルトがフィガロの結婚を作曲したというウィーンのモーツァルトハウス」


「ホーフブルク宮殿:旧王宮のミヒャエル門、銀器コレクション・シシィ博物館・皇帝の部屋と一連の見学コースの入口、ハプスブルク家所有であった金の装飾品」

ホーフブルク宮殿
は13世紀頃から建てられ始め、のちにハプスブルク家の王宮となって、神聖ローマ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の宮殿として使われました。

皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリザベートが住んでいた宮殿でヨーロッパの世界史に興味を持つワタクシとしては本当はもっとじっくり見学したかったです。

皇妃エリザベートはヨーロッパ宮廷一といわれた美貌とスタイルを持ちながらも、堅苦しいオーストリアの宮廷慣習や姑に馴染めず、息子には妻以外の女性とともに自殺を遂げられ、最後はジュネーブ レマン湖のほとりでイタリア人のアナーキストに暗殺されたという悲劇の王妃と言われています。

もっとも、本をよく読んでみると、療養と称して旅行ばかりして、(しかも豪華なヨットやお召列車で!)あちこちに豪華な別荘を建てるなど結構贅沢で金遣いも荒かったみたいですけど。

が・・・我が家のだんし達はハプスブルク家の歴史などには一切興味を持たず、おまけにエアコンが効いていない、蒸し風呂のように暑い博物館をとっと出ようとする。
(`_´)

いつかもっと歴史とロマンに興味がある人と一緒に、再び来たいと思います。


「王宮の中庭。真ん中に建っているのはオーストリア帝国初代皇帝フランツ1世像。」


「ホテルに戻る途中に見えたウィーン国立歌劇場(オペラ座)たぶん・・・」


「街中のそこここにある灰皿。公共施設や屋内は禁煙ですが、屋外では煙草を吸う人がいっぱいいました。」

それにしても3人とも汗だくです。

歩いて一度ホテルに戻り、ディナーに行きたいと思っているグリーヒェンバイスルに予約を入れてもらうことにしました。

コンシェルジェ
で18:30にレストランに予約を入れてもらいました。(人気のレストランで予約が取りにくいと聞いていましたが、時間が早かったせいかすんなり取れました。!!)

歩いても20分ぐらいだけど、暑いからタクシーで行くようホテルの人に強く薦められました。

仰せのとおりに。


「グリーヒェンバイスル外観。創業は1447年。ウィーン最古のレストランだそうで、ウィーンでの最後の晩餐にぴったり。」


「左からまぐろのタルタル パイナップルとマンゴーソース添え、ウィンナーシュニッツエル、ターフェルシュビッツ(牛肉の煮込み料理、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の好物として知られていますが、例えて言うとデミグラスソースではなく、コンソメで煮たビーフシチューの肉のような味?)」


「 店の壁に 所狭しと著名人(ベートーベン、モーツァルト、ワーグナーなど)のサインが残っている部屋、何故か米倉涼子のサインも(日本語メニューもあったぐらいなので日本人観光客は皆来るレストランなんでしょうね。)」

明日は午前中
にオーストリア連邦鉄道(OBB)でミュンヘンへ向かいます。

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その3(ウィーン~ミュンヘンへ)!!」に続きます。

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