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名前: 社長 ブログ 作成日: 2012/05/17 15:38
Pro-SPIRE長田ゆかり社長ブログ Precious Time

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/30 7:14

2013年8月30日(金)(晴れ)

8月28日水曜日、お客様の大阪本社で大事なプレゼンと打合せがありました。

正直クソ暑い(p;′∩`)Qにも関わらず、暑苦しさが倍増しそうなネクタイ、背広を携えた事業部長、部長とともに品川駅12:07発の新幹線に乗って、新大阪経由でJRを乗り継いで大阪へ。

翌日も大阪での仕事があるのでホテルのチェックインだけ急いですませ、JR大阪環状線に乗ってお客様の本社へ。

TVドラマに出てきそうな荘重な趣のある会議室で緊張感満載(お客様は役員を入れて4名、ワタクシ達は3名)のプレゼン、打合せをたっぷり1時間40分行いました。

厳粛ながら、活発な意見交換も行われた有意義な会議の後・・・

お客様に招かれたのは

「京セラドーム大阪」での野球観戦!! (=゚д゚=)ノ

しかもVISTAルームというオーナー(または年間契約している法人)だけが入れる特別な部屋そしてプライベートバルコニーからの観戦です。


「京セラドーム大阪の6・7・8Fに位置するビスタルーム。専用エレベーターで上るお客様の部屋は7Fでした。手前はプライベートバルコニー」

この日のカードはパ・リーグ6位(つまりビリ)のオリックス・バファローズと首位を走る東北楽天ゴールデンイーグルス!!

お客様からは

「オリックスをムリして応援しなくてええですよ。ボクらはコテコテのタイガースファン、カープファン、巨人ファンといろいろですネン!どっちを応援なさってもかましまへん。」

と言われました。

冷房の効いた、ダイニングとリビングセットのある部屋でサーバーから生ビールをついで頂き乾杯!!
( ・∀・)っ凵

大阪
で有名な道頓堀「今井」の会席弁当も頂きました。


「7Fのプライベートバルコニーから見る選手達はやや遠目で小さいですが、球場の臨場感は凄く伝わってきます。」

会席弁当を頂いたあとは、ピザやポップコーン、ポテチ、さきいか等が次々に運ばれてきました。

やっぱり野球にはビールとポップコーンが合う!!

アクシデントと言えば9回1死2塁から楽天の枡田内野手の打ったファウルボールが、3塁ベースコーチを務めていた鈴木コーチの頭を直撃。

コーチはしばらく頭を抱えて倒れ込んでいました。

担架も運ばれ、背番号77の星野監督も駆け寄ってきました。

自チームの選手が打ったファウルがあたったのでもちろん乱闘にはなりません。(*>Д<)

そしてコーチは数分後に立ち上がりました。(拍手(゚∀゚ノノ翌日の新聞に試合後一応病院に行ったそうですが、異常無しだったと載っていました。)

あと、オリックスの平野選手が1,000本安打達成で1塁ベースのところで花束もらっていました。

1.000本安打でお祝いされるということはイチローの4,000本安打って天文学的数字なんだと改めて感心します。
(゚∀゚)

結果
は1-2で楽天の勝利!!

楽天はこの日の勝利でM28が点灯しました。(2005年の球団創設以来初めてだそうです。)

パ・リーグ
で特に贔屓の球団ってありませんでしたが(セ・リーグは小さい頃からなんとなくジャイアンツ!)、東北を本拠地とする楽天が頑張っているのはなんだか嬉しい!!

マー君
には会えなかったけど(ビリチームとの試合に出てくるわけないし・・・)、これから楽天を応援してしまいそうです。

そして、チームを率いる監督の存在感、スター選手をつくることって大事なんだつくづく思います。

お客様には貴重な体験をさせて頂いて感謝・感激です。!!((○´∀`)

ありがとうございました。

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/22 6:45

2013年8月22日(木)(晴れ)

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その5(ミュンヘンからパリへ)!!」の続きです。

6日目(8月10日(土))

今日は一日パリ市街を自由気ままに3人で散策します。

2回目なので、まずは前回(2008年)のパリ旅行の時に行きそびれた「モンマルトルの丘 (Montmartre) 」へ。

ホテルからタクシーに乗ったら、丘の麓ではなく、上まで連れて行ってくれました。

麓から丘の上までケーブルカー(フニクレール(Funiculaire))に乗ろうと思っていただけにちょっと(*>Д<)でした。

  
「丘の上に建つサクレ・クール寺院 (Basilique du Sacré-Cœur)」                                                                         


「正面入り口の前に建つ聖王ルイ(Saint-Louis)とジャンヌ・ダルク(Jeanne d'Arc)の像」


「モンマルトルの丘から眺めるパリの街」

下り
は徒歩で行くことに。


「沢山の画家の人達が絵を描いています。『似顔絵1枚20€で書くよ!!』って営業も盛んです。」


「モンマルトルの丘には素敵な家が沢山建っています。」


「麓の果物屋さんの店先で寝ているネコ!!」


「朝ご飯を食べるために入ったカフェ・デ・ドゥ・ムーラン (Cafe des 2 Moulins)。2001年公開映画『アメリ(Amelie)』で主人公のアメリが働いているカフェとして実際に登場したのが、ここ「カフェ・デ・ドゥ・ムーラン」。」


「カフェの内部には『アメリ』の大きなポスターが」


「今日は土曜日なのでブランチがお薦めだと言われて頼みました。フレッシュオレンジジュース、クロワッサンとイチゴジャム、ハムとピクルスのサンドウィッチ、スクランブルエッグ、ポテトサラダ、バゲットとバター、イチゴジャム、カフェ・オ・レはどれもおいしかったです。パリはやはりパンがうまい。ヽ(゚∀゚)ノ」


「『アメリ』のお気に入りのクレーム・ブリュレの焦げ目をスプーンでカツンを割ろうとしましたが、そんなにカツンとしていませんでした。」


「1889年に誕生したモンマルトルにあるキャバレー ムーラン・ルージュ(Moulin Rouge)外観と入口。フランス語で「赤い風車」という意味です。フレンチカンカンのショーで有名で、かつてフランク・シナトラやエルヴィス・プレスリーもここで活躍したそうです。」

ここからはタクシーと徒歩で再度見たい場所を弾丸で巡ります。


「ノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris)。世界遺産であるパリのセーヌ河岸に包括登録されています。」


「コンシェルジュリー(Conciergerie)(かつては牢獄、今は観光名所)。世界遺産であるパリのセーヌ河岸に包括登録されています。」


「ルーブル美術館(Musée du Louvre)。世界遺産であるパリのセーヌ河岸に包括登録されています。」

ノートルダム大聖堂、コンシェルジュリー、ルーブル美術館
ともに、個人チケット売り場は大行列。今回は外観のみの見学です。

内部を見学する時はインターネットで予約を入れるか、ツアーを活用した方が便利だと思います。ノートルダム大聖堂の「バラ窓」やコンシェルジュリーの「マリー・アントワネットの囚われている部屋の再現」、ルーブル美術館「モナ・リザ」や「ミロのヴィーナス」は一度見ているので、今回は外観だけ見て回ります。


「1889年の万国博覧会用に建てられたエッフェル塔( La tour Eiffel)。世界遺産であるパリのセーヌ河岸にも包括登録されています。右は塔を設計したエッフェルおじさんの像」


「何と言ってもタワー好きの旦那が今度こそ上るといっていたエレベータはご覧の大行列。断念!!o(*>Д<)ゝやっぱ予約しておかなくちゃネ。」


「オペラ・ガルニエ(Palais Garnier)外観。ちなみにパリには「オペラ・ガルニエ」(1875年完成)と「オペラ・バスティーユ」( 1989年完成)の2つのオペラ座があります。」

パリ
のタクシーの運転手は英語を話せないのか、話さないのか、兎に角頑なまでにフランス語しかしゃべりません。「オペラ」といったら最初「オペラ・バスティーユ」に連れていかれました。 


「唯一並ばずに見学できたオペラ・ガルニエ内部とバルコニーから見たパリの街」


「ハードロック・カフェ・パリ(旦那のピンズ買)、店内、テラスともに大混雑でした。」


「ハードロック・カフェのレジが凄い行列だったので、ワタクシと息子は2件隣のカフェでピナコラーダ(ラムベースに、パイナップルジュースとココナッツミルクを砕いた氷と一緒にシェイクして作るカクテル)とエヴィアンを飲みながら待ちました。」

ハードロック・カフェ2013年PARIS
のピンズをゲットしたあとは、旦那がどうしても見たいという「パリの自由の女神」へ

観光地としてはマイナーな所らしく、タクシーの運転手さんにわかってもらうのが大変でした。


「パリにある自由の女神像(Statue de la Liberté)は、フランスがアメリカに自由の女神像を送ったことの返礼として、1889年にパリに住むアメリカ人たちがフランス革命100周年を記念して贈ったものだそうです。セーヌ川のグルネル橋のたもとにあり、高さは11.5m、重さは14tと、ニューヨークにあるものより小さめでした。」


「自由の女神像のあるグルネル橋(Pont de Grenelle)から撮影したセーヌ川(Seine)(エッフェル塔が見えます。)」

本日予定していた一通りのパリ観光が終わりました。

息子がオペラ・ガルニエの近くにある両替所で両替(レートが良い所がスマホに載っていたそうです。)をして、ワインを買いたいというので、オペラ・ガルニエ(Palais Garnier)まで一緒にタクシーで戻り、息子だけ降ろして、旦那とワタクシはホテルへ帰ってしばし休憩です。

本日のパリでの夕食はフレンチと決めていました。

ホテルのコンシェルジェでお薦めを聞くと、

「ポルト・マイヨー(Porte Maillot)にはおいしいお店がいろいろありますが、何が食べたいですか?」

と聞かれたので

「フォアグラ!!」

と答えました。

ホテルから歩いて、3分のところにあるコングレス(LE CONGRES MAILLOT)というレストランを薦められました。


「前菜のフォアグラのパテと生ガキ、右はメインの牛ステーキフライドポテト添え」


「チーズの盛り合わせ(向こう側のブルーチーズがナチュラルだと思うくらい、手前の2つのチーズはくせがありました。(; -y-))、フォンダン・ショコラとフランボワーズのシャーベット、アイスクリーム盛り合わせ」


「日が暮れる前にと、タクシーでもう一度凱旋門を見に行きました。」

パリ
の夜は更けていきます。

明日は帰国です。(´・ω・`)

7日目(8月11日(日))

本日は13:30の飛行機で日本に帰国します。


「ホテルの朝ご飯。パリのクロワッサンは最高においしい!!英語でsunny-side up (目玉焼き)を頼みましたが、 over easy(両面半熟焼き)になってしまいました。」


「ル・メリディアン・エトワール (Le Meridien Etoile)の外観とロビー」

10:30 チェックアウト
し、ホテルの目の前の道路を渡ったところにある空港行のバスでシャルル・ド・ゴール空港へ


「シャルル・ド・ゴール空港( L'aéroport de Paris-Charles-de-Gaulle)に新しくできた2Mターミナル」



「13:30 AF276便にて成田へ向け離陸」


「アペタイザーと前菜」


「メイン:左はホタテのソテーとポレンタ(とうもろこしの粉を水で煮込み、練り上げて焼いたもの)、右は和風ステーキとごはん。デザート(チーズは前日のレストランで出されたチーズのにおいがトラウマになっていて断りました。( ̄ロ ̄;))」|


「到着2時間前に出た朝ご飯。左:パンケーキとシリアル、右:オムレツとシリアル」

8日目(8月12日(月))

日本時間8:00(現地時間午前1:00)成田
に到着です。帰りは追い風なので11時間30分で着きます。

8日間で3ヶ国を自力(今回は息子がかなり活躍してくれました。)で巡るといった駆け足の旅でしたが、本当に楽しく且充実した旅でした。

普段は互いに忙しくてなかなか一緒に過ごすことができない家族とも存分に休日を共にすることができました。

完璧なリフレッシュタイムです。!!

また、仕事頑張れます。(*´ ∀`*)ノ

 Danke schön Wien und München .

Auf Wiedersehen.

Merci Paris.
 
Au revoir.

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/19 6:43

2013年8月19日(月)(晴れ)

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その4(ノイシュヴァンシュタイン城)!!」からの続きです。

5日目(8月9日(金))

本日は午前中、午後とミュンヘン市街の観光をし、夕方18:20の飛行機で最終目的地パリに行きます。


「今日の朝はゆっくりなので、この旅行で初めて朝ご飯をホテルで食べました。普通のアメリカンブレックファストスタイルのビュッフェです。」

チェックアウト
の12:00まで時間があるので、3人でミュンヘン中央駅の反対側にあるデパート「カールシュタット」(昨日のノイシュヴァンシュタイン城行観光バスを乗ったところ)へお土産を買いに行きました。

旦那が会社へのお土産にするモーツァルト絵の包のチョコレートをまずバラで1個だけ買って、レジで精算後その場で味見!!

おいしかった
ので、会社用に6箱買ってもう一度レジを通ったら、レジのおばちゃんに

「まあ、あなた味見をしてから買ったのね。なんて賢いの!!」的なことを(たぶん・・・(´∀`σ))、ドイツ語でニコニコされながら言われました。(たぶん・・・)

ワタクシ
はマスタードをしこたま買いました!!(ちなみにレジのおばちゃんは褒めてくれませんでした。)

ホテルに戻り、出来る限りスーツケースの中にお土産を押し込めようと3人とも必死です。
 
11:30雨が降ってきました。个c(゚∀゚ この旅行では初めての雨です。

チェックアウトを済ませ、フロントに荷物を預けたあと、傘を3本借りてタクシーで「レジデンツ」に向かいました。


「レジデンツ外観と広場中央に建つマックス・ヨーゼフ1世の像」

レジデンツ
は5世紀に亘りバイエルンを統治したヴィッテルスバッハ家の本宮殿です。何度も増改築が繰り返され、19世紀のルートヴィッヒ1世の時代ほぼ現在の形で完成しました。

外観はシンプルですが、400年以上の歳月を費やして築かれてきただけあって、宮殿内部はルネサンス、ロココ、バロック等の各様式が混在しているのが特徴です。

1918年にバイエルンは王政が崩壊して、最後の王ルートヴィッヒ3世が退位しましたが、このレジデンツはその2年後に一般公開されました。第二次世界大戦で大きな被害を受けたものの、40年の歳月をかけて入念な修復工事を行ない、ほぼ元の姿を取り戻しています。

現在、レジデンツ内部は「レジデンツ博物館」と「レジデンツ宝物館」として公開されています。

本日は余り時間がないので「レジデンツ博物館」のみ見学することにしました。


「アンティクヴァリウム:レジデンツ見学の最大の見どころです。16世紀のアルプレヒト5世時代に建てられたもので、現存するレジデンツの中では最も古い部分です。奥行きは69mで、ルネサンス様式の丸天井には見事なフレスコ画が描かれています。」


「祖先画ギャラリー:ヴィッテルスバッハ家の王と一族の肖像画121枚が展示された回廊。金の細工が絢爛豪華 です。」


「豪華なシャンデリア。重さ1t以上ありそうです。」

本来見学に1~2時間はたっぷりかかりそうな博物館を駆け足で巡ります。

レジデンツ博物館を出ると、レジデンツ通り沿いにある王宮の外壁に沿ってライオン像が何体か飾られています。

ライオンが押さえている盾の下部に触ると幸運が訪れると言うことで、通行人が触るため、ツルツルピカピカな金色になっています。


「幸運を願って!!」


「レジデンツの裏手、将軍堂の西側にあるテアティナー教会。鮮やかな黄色が印象的な美しい教会です。」

雨
が本降りになってきました。(*・・)o个


「ミュンヘンのシンボル的教会、フラウエン教会。街の中心部にあり、タマネギ型の屋根の塔が二つある大きな教会です。99mの北塔は修復中でした。南塔は100mあるそうです。」


「入り口を入ったところ、中央の床に黒い足跡のようなものがあります。これは悪魔の足跡と呼ばれています。」

悪魔の足跡
伝説には諸説あるようです。以下はその一つ。

「この教会の完成前夜、悪魔がこれを教会を覗こうとして入り口のドアのところにやって来ました。

教会を見た悪魔は窓が一つもないことに気づき大笑い。
いい気分になった悪魔は、床の上に自分の足跡を残すことにしました。

ところが一歩足を踏み入れると、沢山の窓が目に入りました。
柱の陰に隠れていた数々の美しい窓が、そして明るい光が、聖堂に踏み込んだ悪魔を取り囲んだのです。

怒り狂った悪魔は強い風で教会を倒壊させようとしましたが、
教会は、頑丈に造られており、神様の守りもあるのでどんな強風にも、びくともしません。

フラウエン教会の塔の周りでは、今でもずっと、風がビュウビュウ吹いているということです。」


「入口から進むと、教会の内部には綺麗なステンドグラスの窓がありました。!」

駆け足観光でしたが、このフラウエン教会を見て、ミュンヘン市街で見たかったところは一応完了です。

雨が強くなってきたので雨宿りをするために、カフェに入ろうとしましたがどこも一杯。

みんな考えることは一緒です。

漸くマリエン広場近くのビルの5Fにあるカフェに座ることができました。エレベーターのドアは手で開閉するというレトロなビルでした。


「コーヒーだけと思って入ったのに、大食漢のだんし達はペンネアラビアータとトマトソースのニョッキを平らげました。」

そろそろホテルに戻り、荷物を引き取ってミュンヘン国際空港へ向かう時間です。

本当はミュンヘン中央駅から空港行きのバスに乗って空港へ行くはずでしたが、余りにも雨が強く、スーツケースをがらがら引きずって駅に向かうのを断念!!

ホテルからタクシーに乗って空港へ。


「どしゃぶりの中、タクシーの窓からBMWの本社が見えました。」

ミュンヘン市内
から空港までタクシーを使う場合、ガイドブックには40分、60~70€って出ていましたけど、雨のせいかたっぷり1時間で95€(14,000円くらい)もかかりました。


「雨のミュンヘン国際空港(正式名:フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港)」

18:20発
 エールフランス便を予約してあるので第1ターミナルからの出発です。

ドイツの航空会社であるルフトハンザとパートナー航空会社の離発着する第2ターミナルは前にトランジットで降りたことがありますが、スターアライアンス以外の航空会社が使う第1ターミナルは、第2ターミナルとは比べ物にならないくらい質素なターミナルでした。

手荷物検査の際、旦那がお気に入りの「ジッポ」の中身だけを没収されました。(´;ω;`)
 

「搭乗ゲートも質素です。」

18:20
 エールフランス1823便にてパリへ。

1時間40分の短いフライトです。機内サービスもドリンクのみ。


「20:00 定刻通りにパリ シャルル・ド・ゴール空港に戻ってきました。」


「さっきまでミュンヘンで降っていた雨がうそのように、パリの空は晴れわたっていました。ヨーロッパの夏は日が暮れるのがとても遅いです。20:00を過ぎているとは思えない青空です。」


「空港からホテルまでは、ポルトマイヨ(Porte Maillot)行きで空港バスで25分ほど」


「本日と明日宿泊するホテル ル・メリディアン・エトワール(Le Meridien Etoile)のジュニア・スイートルーム。全館禁煙。この4日間小さなエキストラベッドに寝ていた息子はソファーベッドながらダブルベッドで足を伸ばして寝れると大喜び!!((((ノ^◇^)ノ」

荷物
を置いて、早速シャンゼリゼ大通りへ。

旦那とワタクシは5年ぶり、息子は中学生の時の修学旅行(今時の学校は贅沢すぎると思います。ヾ(*`Д´*)ノ")以来、それぞれ2回目のパリです。


「ライトアップされた凱旋門!!何度見ても感激です。!!」


「シャンゼリゼ大通り沿いのカフェでワインと夕食。真ん中はハムとチーズ入りガレット(そば粉のクレープ)、右:ピッツァマルゲリータ(ピッツァはイタリアンですけどカフェなので・・・)」


「夕食後、タクシーでホテルに戻る途中で見えたライトアップされたエッフェル塔(前のタクシーの赤い行灯がちょっと邪魔です。)」

明日
は5年前のパリ旅行で行けなかった「モンマルトルの丘」を含め、パリの街を巡ります。

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記最終章(パリ市街、そして成田へ)!!」に続きます。

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/18 13:43

2013年8月18日(日)(晴れ)

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その3(ウィーン~ミュンヘンへ)!!」の続きです。

4日目(8月8日(木))

本日は現地ツアーバスにて長年の夢の一つ「ノイシュヴァンシュタイン城」を訪れます。


「8:15 ミュンヘン中央駅前(ホテルとは反対側)のデパートカールシュタット(Karstadt)正面入り口に集合です。」


「人気のツアーらしく、ツアーバスは2台。2階建てバスです。」

1台目
は英語、ドイツ語を母国語とするツアー客。

2台目は日本語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語、イタリア語を母国語にするツアー客。

に分けられました。

ワタクシ達はもちろん2台目です。

乗車時にイヤフォーンを渡されました。バスの中で、自国語のチャンネルに合わせるとその国の言葉でのガイド案内が流れます。

ドイツ人のちょっとぽっちゃりめの女性のガイドさんもつき、ゆっくりとしたドイツなまりの英語で案内をしてくれます。

9:00ちょっと前、ガイドさんが乗客の人数を「1 eins アイン 2 zwei ツヴァイ 3 drei ドライ・・・」と何回も数え直して漸く出発です。


「最初に訪れたリーダーホーフ城」

リンダーホーフ城
は、バイエルン王ルートヴィヒ2世が建設した3つの城のうち、唯一完成した城です。1874年に建築が開始され、1878年に完成しました。

完成後、人間嫌いの彼は長い期間この城で過ごしたそうです。

以外と小さなお城です。


「ゲート前で入城を待っていた10:00丁度、庭園内の金色の女神像の噴水が吹き出しました。」

ゲートは複数あり、幾つかの母国語ごとに時間を決められ、数人づつ入場します。

この日は日本人観光客(JTBのマイバスツアーの人達がほとんどでバスに混載していました。)も多かったのでワタクシ達Japaneseは全員一緒に入場しました。(ちなみにJTBに頼むと、日本人添乗ガイドが同行してくれますがワタクシ達が頼んだ現地ツアーの約2.5倍の料金がかかります。)

城内は撮影NGです。一部屋ごとに日本語の説明テープが流れます。

建物内部はロココ様式の豪華な装飾で飾られていました。人間嫌いの王が人が出入りすることなく食事の用意ができるようにテーブルをせり上げる装置も作られていました。(魔法の食卓と呼ばれたそうです。)


「リンダーホーフ城の裏庭」

10:50
バスに再び集合です。

いろいろな国の人達が一緒なのでバスのフロントガラスには集合時間を示した段ボールでできた時計が立てかけられています。

ガイドさんは「遅れたら容赦せずに置いていく!!」と何度も英語で強調していました。

で・・・やはりヒスパニック系の男性1人が本当に置いていかれました。これが後で大変なことにヽ(#゚Д゚)ノ

バスは次の散策地オーバーアマガウ(Oberammergau)へ


「フレスコ画で彩られた家(車窓から)」

バスを降りる時、何故か運転手さんがドイツ語でガイドさんを物凄い勢いで叱っていました。(なんとなく置いてきちゃった人のことと関係あるみたい??)

この町が有名になるきっかけとなったのは、1633年のペスト大流行の年。

前年の1632年からドイツを襲ったペストですが、ここオーバーアマガウでの被害が少なかったことから、その感謝の意をこめて1634年より村人達の手でキリスト受難劇が始められました。

つまり、オーバーアマガウの歴史は、パッションシアターで開催される10年ごとのこのキリスト受難劇と共に流れてきたとも言えます。
 


「オーバーアマガウの町は木製のおもちゃや木彫りが特産という点では非常に歴史が古く、キリスト受難劇が始まる3世紀も前の15世紀にまで遡るそうです。」


「暑くもなく、寒くもない清々しい街並みを、しばし散策です。」

先ほど集合時間に遅れた人を本当に置いて行ったので、今回は日本人のみならず全てのツアー客が集合時間をきっちり守って集合場所に集まりました。

が・・・いるはずのバスがいません。

しばらく待っていると、勢い良くバスが戻ってきました。 =3 =3 =3

バス
の中にはなんとリンダーホーフ城で置いてきぼりにしたヒスパニック系の男性がポツリと座っていました。

外国人はバスに乗る際、彼に「Hi!!あんたいったいどこへ行っていたのよ。」ってな感じで親しげに声をかけます。

ガイドさんが彼の所に来て英語で話している内容を聞いていると、どうやら彼はバスに「爆弾」を仕掛けて逃げた「テロリスト」かもしれないと疑われ、それで運転手が彼をリンダーホーフ城まで捜しに行ったようで・・・

慌てて戻った運転手さんが、リンダーホーフ城の駐車場で途方に暮れた彼を見つけたことで、彼の「テロリスト」としての容疑は晴れたようです。

これで無事全員揃い、いよいよノイシュヴァンシュタイン城を目指します。

ただ今14:00。

麓のホーエンシュヴァンガウの駐車場でバスを降り、それぞれランチをしたあと、15:40入場と書かれたチケットをもって自力でノイシュヴァンシュタイン城の中庭にたどり着かねばなりません。


「ホーエンシュヴァンガウ城」

1832年
、マクシミリアン2世は12世紀に建設されながらも廃墟になっていたシュヴァンシュタイン城を購入し、4年ほどの歳月を費やしてこの古城を改築したそうです。これがホーエンシュヴァンガウ城です。

マクシミリアン2世の息子、ルートヴィヒ2世は幼年時代をホーエンシュヴァンガウ城で過ごしました。

それにしても今日は朝ごはんを食べていないので、お腹ペコペコ喉もカラカラです。 (´º﹃º`)

近くのレストランのテラス席に座りました。


「ワタクシはやはりソーセージとザワークラウト、マッシュポテトを頂きました。旦那はいつものふにゃふにゃトマトソーススパゲティ、食欲旺盛の息子は大2枚のポークソテーです。」

やっとお腹も満たされていよいよノイシュヴァンシュタイン城を目指します。

ここから城への行き方は「歩いて40分の登山」、「馬車」、「近くのシュロスホテルの前から20分おきに運行しているシャトルバスでマリエン橋まで行き、そこから徒歩15分」
の3つあります。

ワタクシ達はもちろん3番目の方法を選びました。


「シュロスホテル」


「マリエン橋行きのシャトルバス停留所」

バスのチケットを買うにも、シャトルバスに乗るにもかなり並びました。

シャトルバスに乗ると、マリエン橋まで急な山道をわずか5分で連れて行ってくれます。

バスはぎゅうぎゅうですけどガマンガマン!!(≧0≦)


「ここマリエン橋から眺めるノイシュヴァンシュタイン城が一番美しいとガイドブックに書かれているので、橋の上はこの混雑です。木でできた床が抜けないかとちょっと心配でした。」


「マリエン橋から眺めたノイシュヴァンシュタイン城」


「マリエン橋から山道を歩くこと10分、ようやくノイシュヴァンシュタイン城の看板が。」

さらに山道を歩くこと5分、


「ノイシュヴァンシュタイン城の入口と近景」

城
の中庭で、チケットに刻印された時間15:40まで入場を待ちます。(入場は5分間隔でグループごとに許可されます。)

15:40入場。写真撮影はNGです。

リンダーホーフ城と同じく、15:40に入場したのは全員日本人だったので、一部屋一部屋の説明は日本語のテープで流れます。

ロマンチック街道のハイライトでもある白亜の城ノイシュヴァンシュタイン城!!

ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとされるこの城は、19世紀、ルートヴィヒ2世により建設されました。

狂王と呼ばれるほど、おかしな行動が目立つ人物であったルートヴィヒ2世は、自分が死んだらノイシュヴァンシュタイン城が破壊されることを希望していたそうですが、実際には死の直後(本当の死因は今でも謎だそうです。ルートヴィヒ2世は精神を病んでいるという理由で逮捕された後ベルク城に送られ、散歩に出たままシュタンベルク湖で、侍医と一緒に水死体で発見されたそうです。)から城は一般公開され、現在まで5000万人が訪れる一大観光スポットとなり、バイエルン州の大きな観光資源になっているそうです。

ルートヴィヒ2世
は結局このお城の建設中に172日間だけ居城して、死んでしまったので王の玉座に椅子はありませんでした。

城内
を見学するのにたっぷり1時間かかりました。

集合時間まであと30分。急いでマリエン橋まで戻り、シャトルバスに乗って麓に帰ってきました。

それにしても1年の中でヨーロッパ旅行をする、この時期が一番歩くのではないかと思います。

あとはバスに乗ってミュンヘンまで爆睡です。たっぷり2時間はかかります。

行きは「オラ、オラ」と賑やかだった前の席に座っていたスペイン人の子供たちも眠ったようで、バスの中は静かでした。

19:00 ミュンヘンのカールシュタットまで戻ってきました。

一旦ホテルに戻り、本日の夕食場所を相談することに・・・

旦那が「なんかカツカレーみたいな気分・・・」

と言うと、息子も大賛成!!

「地球の歩き方」
に日本人が経営する「串揚げの店 円」という店が紹介されていました。

スマホで検索すると、「日本以上の日本の味」と日本人駐在員もお薦めのお店とのこと。

タクシーを飛ばし、「円」へ。


「ご主人が名古屋出身で、6年前にミュンヘンにこのお店をだされたそうで、名古屋の味噌だれや、抹茶塩、ゆず塩で頂く串揚げはおいしかったです。カツカレーもほっとする味。値段もミュンヘンにしてはリーズナブルでした。」

明日
は午前中から午後にかけてミュンヘン市街を散策し、夕方の飛行機で最終目的地のパリに飛びます。

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その5(ミュンヘン~パリへ)!!」に続きます。

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/17 9:22

2013年8月17日(土)(晴れ)

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その2(ウィーン市街)!!」からの続きです。

3日目(8月7日(水))

本日はウィーン連邦鉄道(OBB)にのってドイツのミュンヘンへ移動します。

10:00に2日間お世話になった「グランドホテル ウィーン」をチェックアウトし、タクシーでウィーン西駅に向かいました。


「リンク(環状線)を走るトラムにはとうとう乗れませんでした。(‥〃)」


「ウィーン西駅、構内にはワタクシ達が乗る10:36発Railjet60号が7番線に来ると電光掲示板に表示されています。」


「ハンガリーの首都ブダベスト発Railjet60号は定刻通りに7番線に入線してきました。今回は初めてなので奮発してFirst Classを予約。新幹線でいうグリーン車のようなものです。車内には、走行中の列車の速度や停車駅の到着予定時刻が都度表示される電光掲示板があります。」

指定座席
の横にはそれぞれの乗客の行き先(ワタクシ達の席はドイツ語でMünchen)が表示され、表示されていない席が自由席ということで、車両ごとに指定席、自由席が分かれているわけではありません。

車両はEconomy Class とFirst Class + 食堂車で編成されています。

発車後、車掌さんが切符の検札にきました。家でプリントアウトしてきたドイツ語で書かれた本来A4サイズの切符の縮小コピーを渡したら、QRコードをチェックしながら

「縮小コピーは正式な切符ではない。が・・・今回は特別に許してやる」的(恐らく・・・)なことをドイツ語なまりの英語で言われました。

「 Danke schön ダンケ シェーン 」と言ったら車掌さんはニッコリしてくれました!!(^o^)

First Class
ではまずはアテンダントらしき若いオーストリア人のおにいちゃんから紙ナプキンとウエハースのようなお菓子が配られ、彼が座席前ポケットに入っているメニューからのオーダーを取りに来てくれます。

メニューはドイツ語、英語、ハンガリー語で書かれていました。


「ハムチーズサンド、ウエハース(ピンクの包)、白ワイン375ml。ハムチーズサンドはバターとマヨネーズたっぷりでそれなりに美味しかったデス!!ヽ(゚∀゚)ノ旦那と息子が食べたプロシュート(生ハム)のサンドウィッチはしょっぱかったそうな。」


「途中停車したザルツブルグ(ミュージカル サウンド オブ ミュージックの舞台)の駅」

ここで車掌さんがオーストリア人からドイツ人に変わり、再び切符の検札がありました。

2回目は何も言われませんでした。(^。^;)


「14:30 列車は定刻通りにミュンヘン中央駅に到着です。右:ミュンヘン中央駅入り口」

気のせいか駅構内は「ソーセージ」の匂いがしているような・・・

本日、明日宿泊予定のホテル「ル・メリディアン・ミュンヘン」は駅から横断歩道を渡ってすぐの所にありました。


「ル・メリディアン・ミュンヘン外観とエントランス」

ホテル
は駅前という便利な場所にあり、ちょうどチェックインの時間にあたったせいか、フロントは大混雑でチェックインまでにかなり時間がかかりました。


「お部屋、ちなみに全館禁煙です。」

ここでワタクシがポカをしました。

部屋にあるセーフティーボックスのリセットボタンを押さずに閉めてしまったため、セーフティーボックスが開かなくなってしまいました。

フロントに電話をしましたが、混雑のせいかなかなか繋がらず、やっとつながってもなかなか係りの人が部屋に来てくれません。

旦那と息子からは白い目・・・

息子
のウィーン市内観光の日にち間違いとお相子ということで・・・m(_ _)m

セーフティーボックスを直ぐに開けてもらうのをあきらめ、そのことをフロントに伝えると

「セーフティーボックスを開ける機械はホテルに1台しかないので、同じような間違いをした人の部屋を回っていて時間がかかります。観光から帰ったらフロントに言ってください。そのころは空いているので直ぐに明けに行きます。」

と言ってくれました。

ホテル前に止まっていたタクシーでミュンヘンの中心地マリエン広場に行こうとしたら、歩いて5分の所にトラムの停車場があるからトラムに乗って行けって言われました。

確かに、ホテル前で長時間行列して乗客を待っていたタクシーに、10€もしない近くまで行ってほしいといわれても割に合わないと思われるかも・・・

仕方がないので、駅前に並んでいたタクシーに乗ってマリエン広場へ。


「マリエン広場にある新市庁舎と外国人の観光客」

マリエン広場
はミュンヘンの中心地だけあって凄い人ごみです。殆どが観光客。いろいろな国の言葉が飛び交っています。新市庁舎は「新」というわりに黒く薄汚れた建物でした。


「ドイツのゾーリンゲンに本拠を置く、刃物などのメーカーZWILLING J. A. HENCKELS (ツヴィリング ジェイ エイ ヘンケルス)のミュンヘン店(旦那がトラベル用のグッズを買っていました。)」


「新市庁舎の壁には1972年開催ミュンヘンオリンピック記念の碑が(松平監督率いる日本男子バレーが金メダルをとったオリンピックです。ブルガリアとの準決勝戦、東ドイツ(1972年当時のドイツは東西分裂していました。)との決勝戦を中学生のワタクシは真夜中にテレビで見ていました。)」

17:00 
時刻を告げる鐘の音と共に新市庁舎の仕掛け時計の人形達が動き始めました。


「17:00から約10分間、音楽に合わせ人形達が踊ります。」

さあ、いよいよビールとソーセージの時間です。!!


「世界一有名なビアホール「ホーフブロイハウス」の起源は、『バイエルン国王のためのビール』として1589年に宮廷醸造所として創設されました。1852年バイエルン王国の消滅でホーフブロイハウスは王室から離れバイエルン州により経営され今に至るそうです。」


「にぎやかなテラス席、ホール内では生演奏がされています。」


「左:小麦を原料に造られる淡い色のビールで、バイエルン地方伝統の瓶内2次発酵が行われ、酵母による濁りが少しあります。(一口飲んでしまった後、慌てて写真を撮りました。(*^o^)っ凵)
真ん中:ソーセージの盛り合わせとザワークラウト(キャベツの酢漬け)
右:ミュンヘン名物ヴァイスヴルスト(独: Weißwurst、『白いソーセージ』の意)(皮をむいて、ちょっと甘いマスタードをつけて食べます。柔かくて美味!!とじゃがいもの付け合せ)」

下戸
の旦那もこの時ばかりはビールを飲んで真っ赤になっていました(~~*ヘ)。


「旦那がミュンヘン訪問記念のピンズを買うために捜していたハードロックカフェはホーフブロイハウスの目の前にありました。」

ミュンヘン
での第一夜が更けていきます。(あっホテルに戻ってすぐにセーフティーボックスも開けてもらいました。)

明日は今回の旅行の目玉である「ノイシュヴァンシュタイン城」を訪れます。

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その4(ノイシュヴァンシュタイン城)!!」に続きます。

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/16 7:49

2013年8月16日(金)(晴れ)

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その1(成田~パリ経由~ウィーン)!!」の続きです。

2日目(8月6日(火))

本日午前中は現地オプショナルツアーの「みゅう」の半日市内観光を予約していました。

個人だとシェーンブルン宮殿のチケット売り場が大変混むと聞いていたので、ここはツアーを利用したほうがいいなとの判断です。

集合場所のアルベルティーナはホテルから徒歩5分ほどです。


「集合場所:アルベルティーナ(旧ハプスブルク家邸宅で現在は美術館)のエスカレーター前」

集合時間
の8:50より20分以上早くついてしまったので、集合場所の目の前にあるカフェ・モーツァルトでコーヒーを飲むことに。


「カフェ・モーツァルトと生クリームたっぷりのアインシュペナー」

ちなみにウィーンには「ウィンナーコーヒー」名称のコーヒーは存在しないそうです。

ウィーンの人々が日常的に飲んでいるのは、エスプレッソに温かいミルクを加えた上にさらに泡立てたミルクを載せたメランジェ(Melange, フランス語で「混ぜる」の意)という種類で、日本でいうカプチーノとほぼ同じものだそうです。

しかし・・・

集合時間の8:50になっても日本人らしきガイドもツアー客も一人も集まりません。

9:00・・・同上

ツアー
を予約したはずの息子に「みゅう」に電話をさせると、なっなんと予約を入れていたのは8月5日・・・つまり昨日!!

本日8月6日もツアーはあるらしいが、本日のお客さん6名全員が8:40には揃ってしまったので既に出発してしまったとのこと!!

おまけに昨日は宿泊ホテルを含め、相当われわれを捜してくださったらしい・・・(*_ _)

それでも、シェーンブルン宮殿までタクシーを飛ばせば本日のツアーに合流させてくれるとのこと。

異国の地で、しかも自分達(正確にはアホ息子)のミスなのにありがたい話です。

取り急ぎ、タクシーをつかまえて5Kmほど先のシェーンブルン宮殿へ。

ほんと5Kmぐらいで助かりました。(*´ω`*)

なんとか「みゅう」のガイドさんと6名の日本人ツアー客の方達と合流することができました。


「世界遺産:シェーンブルン宮殿、右は庭園、向こうに見えるのはグロリエッテ(対 プロイセン戦の勝利と戦没者の慰霊の為に立てたギリシャ建築の記念碑(未完成))」

ハプスブルク皇帝
の夏の離宮だったこのバロック宮殿では、マリア・テレジア女帝や皇妃エリザベート(シシィ)の暮らしたロココ調の豪華な部屋の数々が、見学コースとして公開されています。

内部の写真撮影はNGでした。

鏡の間では6才の子供ながら天才だったモーツァルトがマリア・テレジアの前で御前演奏をしたそうです。

それにしても宮殿内部はエアコンが入っていないのか、人混みで効いていないのか結構蒸し暑かったです。ε-(´o`
(ちなみに今回合流させてもらった日本人ツアー客の泊まっているホテルにもエアコンがなく、暑くて眠れないそうです。ウィーンの夏はもともともっと涼しかったのでは・・・?)

宮殿内部を一通り見学し、広い庭園を見渡すとウィーンにやってきた実感がどんどん湧いてきます。!!

お天気は晴天!!朝は涼しかったのですが、気温がどんどん上がってきます。ガイドさんの話だと本日は37℃まで上るそうな。

シェーンブルン宮殿を後にし、ツアーバスに乗りベルヴェデーレ宮殿へ
 

「ベルヴェデーレ宮殿の門、上宮、上宮と下宮の間の庭園に立つバロック調のスフィンクス像」

ベルヴェデーレ
とはラテン語で「美しい景色」という意味とのことです。

300年位前のオスマントルコとの戦いで有名な将軍オイゲン公(独)の夏の離宮として造られたそうです。

オイゲンの死後1752年に、ハプスブルク家のマリア・テレジアに売却され、現在はオーストリア絵画館になっています。


「宮殿の構内に作曲家ブルックナーが晩年を過ごした邸宅がありました」

半日市内観光ツアー
はこの後、バスでアルベルティーナに戻って終了ですが、ワタクシ達は折角ベルヴェデーレ宮殿に来たのでグスタフ・クリムトの絵を鑑賞するためにそのまま残ることにしました。


「上宮の絵画館にはグスタフ・クリムトの「接吻」やシーレなどの有名な絵画が飾られています。ただし、個人所有の絵画ということで撮影はNGでした。」

クリムト
の「ユディット」を探しましたが、どうしても見つけられず・・・

どこかに貸し出されたのでしょうか??それとも別の所にあるのかナ??

ベルヴェデーレ宮殿からトラムでシュテファン寺院を目指そうとしましたが、切符を買う為の小銭がなく、タクシーでいく事に・・・


「シュテファン寺院前景、ハプスブルク家の紋章双頭の鷲の紋章のモザイクの屋根、シュテファン寺院内部」

ウィーン
のシンボルでもあるシュテファン寺院は、オーストリア最大のゴシック建築物です。異教の塔と呼ばれる正面左右の塔とリーゼントアー(正面入り口)は、現存する最も古い部分で13世紀に建てられました。


「シュテファン寺院の前にはフィアカーと呼ばれる2頭立ての観光馬車がずらりと並んでいました。」

シュテファン寺院を後にし、少し歩いてランチというかカフェタイムにすることにしました。


「ホテルザッハーのロビーと隣接するカフェ・ザッハー」

カフェ・ザッハー
には運よく待たずに入店することができました。


「本家本元:オリジナルザッハートルテ、アプフェルシュトゥルーデル(ウィーン風アップルパイ)、旦那の頼んだコンソメ味のキャベツ入りNoodle」

食後は歩いて、王宮(ホーフブルク)を目指すことに。


「モーツァルトがフィガロの結婚を作曲したというウィーンのモーツァルトハウス」


「ホーフブルク宮殿:旧王宮のミヒャエル門、銀器コレクション・シシィ博物館・皇帝の部屋と一連の見学コースの入口、ハプスブルク家所有であった金の装飾品」

ホーフブルク宮殿
は13世紀頃から建てられ始め、のちにハプスブルク家の王宮となって、神聖ローマ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の宮殿として使われました。

皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリザベートが住んでいた宮殿でヨーロッパの世界史に興味を持つワタクシとしては本当はもっとじっくり見学したかったです。

皇妃エリザベートはヨーロッパ宮廷一といわれた美貌とスタイルを持ちながらも、堅苦しいオーストリアの宮廷慣習や姑に馴染めず、息子には妻以外の女性とともに自殺を遂げられ、最後はジュネーブ レマン湖のほとりでイタリア人のアナーキストに暗殺されたという悲劇の王妃と言われています。

もっとも、本をよく読んでみると、療養と称して旅行ばかりして、(しかも豪華なヨットやお召列車で!)あちこちに豪華な別荘を建てるなど結構贅沢で金遣いも荒かったみたいですけど。

が・・・我が家のだんし達はハプスブルク家の歴史などには一切興味を持たず、おまけにエアコンが効いていない、蒸し風呂のように暑い博物館をとっと出ようとする。
(`_´)

いつかもっと歴史とロマンに興味がある人と一緒に、再び来たいと思います。


「王宮の中庭。真ん中に建っているのはオーストリア帝国初代皇帝フランツ1世像。」


「ホテルに戻る途中に見えたウィーン国立歌劇場(オペラ座)たぶん・・・」


「街中のそこここにある灰皿。公共施設や屋内は禁煙ですが、屋外では煙草を吸う人がいっぱいいました。」

それにしても3人とも汗だくです。

歩いて一度ホテルに戻り、ディナーに行きたいと思っているグリーヒェンバイスルに予約を入れてもらうことにしました。

コンシェルジェ
で18:30にレストランに予約を入れてもらいました。(人気のレストランで予約が取りにくいと聞いていましたが、時間が早かったせいかすんなり取れました。!!)

歩いても20分ぐらいだけど、暑いからタクシーで行くようホテルの人に強く薦められました。

仰せのとおりに。


「グリーヒェンバイスル外観。創業は1447年。ウィーン最古のレストランだそうで、ウィーンでの最後の晩餐にぴったり。」


「左からまぐろのタルタル パイナップルとマンゴーソース添え、ウィンナーシュニッツエル、ターフェルシュビッツ(牛肉の煮込み料理、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の好物として知られていますが、例えて言うとデミグラスソースではなく、コンソメで煮たビーフシチューの肉のような味?)」


「 店の壁に 所狭しと著名人(ベートーベン、モーツァルト、ワーグナーなど)のサインが残っている部屋、何故か米倉涼子のサインも(日本語メニューもあったぐらいなので日本人観光客は皆来るレストランなんでしょうね。)」

明日は午前中
にオーストリア連邦鉄道(OBB)でミュンヘンへ向かいます。

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その3(ウィーン~ミュンヘンへ)!!」に続きます。

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/15 7:33

2013年8月15日(木)(晴れ)

毎度のことながら、待ちに待った夏休み!!

今年は旦那と息子、ワタクシの3人でウィーン、ミュンヘン、パリを巡ってきました。

今回は6泊8日の完全オリジナル旅行です。

1日目(8月5日(月))

有効期限の迫っていたJALの255,000マイルを一気に使い、3人でエールフランスのビジネスクラスを予約しました。

フランス パリのシャルル・ド・ゴール空港を経由してオーストリア ウィーンに向かいます。


「成田空港第1ターミナル北ウィング、エールフランスのラウンジ」

11:55
 定刻通りにAF275便にてパリへ。


「AF275便 A380の2階席ビジネスクラス」


「アペタイザーと前菜、メインの和風チキンの照り焼き」



「食後のチーズとデザート、コーヒー」

機内映画
はアイアインマン1,2,3ぐらいであまりおもしろそうなものがやっていなかった(+日本語吹き替えが少ない)ので、ワインをしこたま飲みながら、アメリカのTVドラマ(デスパレートの妻たち、救命医ハンク・・・)を見たあとは爆睡です。(。-ω-)zzz


「到着2時間前に出たリフレッシュメント。左は子羊のステーキ、右はサフラン風味のカネロニ」

メニュー
をろくに見ないでお肉を頼んでしまい、臭みもなくそこそこおいしかったのですが、あとで苦手の羊肉と知ってちょっとビックリ!!
(*゚O゚)ノ

現地時間17:15(日本時間8/6 0:15)パリ
のシャルル・ド・ゴール空港に到着!!

12時間20分の長旅です。

ここからオーストリア航空に乗り換えて、その日のうちにウィーンに向かいます。


「到着したターミナル2Eには以前は無かったSmoking Areaがありました。CDG-VALというシャトルとシャトルバスでターミナル2Dへ移動します。」

ここでフランスへ入国手続き。

トランジット専用の入国審査場らしく、すきすきでした。∩(´∀`)∩

シェンゲン協定により、フランスに入国すると、オーストリア、ドイツでの入国審査はありません。

空港で2時間弱時間をつぶし(暇でした)、20:15(日本時間8/6午前3:15)オーストリア航空418便(AF1756便)で一路ウィーンへ。


「オーストリア航空、短距離のせいか全席エコノミークラスでした。」

成田で預けた荷物がスルーで乗っているかどうかがちょっと気になります!! (^人^)

22:15(日本時間8/6午前5:15)ウィーン・シュヴェヒャート国際空港
に到着しました。


「ウィーン国際空港。ちょっとおしゃれでエレガントな空港です。」

空港からはリムジンタクシーで本日、明日宿泊の「グランドホテル ウィーン」へ。

幸い荷物はちゃんとありました。!!(´∀`)

23:00(日本時間8/6午前6:00)、家を出てからおよそ23時間、漸くホテル到着です。


「グランドホテルのエントランスとロビー。ハプスブルク家時代を想わせる格式のある造りの外観とロビー内はとてもエレガントです。」


「部屋のテーブルにはきれいな花と3種類のオーストリアのプチケーキ、オーストリアワインのハーフボトル、エヴィアンが置いてありました。」

お風呂
に入って、ワインとケーキをつまんでお休みなさい。Zzzzzz さすがに24時間近くの旅は堪えます。!!

明日は一日ウィーンの街を散策します。

「ウィーン・ミュンヘン・パリ旅行記その2(ウィーン市街)!!」に続きます。

投稿者: 社長 ブログ 投稿日: 2013/08/01 7:26

2013年8月1日(木)(小雨)

先週の土曜日、9:00からMOT前期の期末試験がありました。

期末試験なんて代物を受けたのは大学3年以来だから正直30数年ぶりです。

一夜漬けの試験勉強を久し振りにやりました。(*-∇-)/

試験が終わっても、まだ、明日(8月2日)金曜日まで前期の講義(殆ど最終課題の発表プレゼンテーション)が続きます。

4月にMOTに入学した時に、それなりの覚悟(特に仕事と学業に対するタイムマネジメント)はしていましたが、こんなに大変だとは思っていませんでした。

社用で夜や土曜日の講義に出られないこともしばしばありました。

MOTの学生は社会人としての本業があるのだから、大学側も少しくらい配慮があるだろうなんて考えは大甘でした。

前期履修・受講した講義・・・

「イノベーション論」
「組織と戦略」
「ITビジネス論」
「財務会計」
「技術経営データ分析(SPSSによる統計解析)」
「サービス・イノベーション論」
「プロジェクト演習3ラウンド(事例研究方法、ダイバーシティ、エスノグラフィー)」

講義
によっては毎週課題レポートが出るし、中間試験・レポート、最終試験、レポート・・・とにかくこの4か月、会食のない夜と土日はかつて経験したことの無いほどの勉強漬の日々でした。\( ;・_・)/

ちっとは賢く?なっているのでしょうか。

身体的につらかった面は少なくないながらも、ingで経営を実践していく上では物凄く有意義な4ヵ月であったと思います。

どうでもよいことですが、パワポ作成スキルも格段に上がったような・・・(∩゚∀゚∩)

MOTは8月3日から9月半ばまで夏休みに入ります。

会社の年度決算も目途がついたし、ISOの定期審査も無事完了しました。

来週から夏休みをとって、リフレッシュします。

今年はウィーン、ミュンヘン、パリを訪れます。

ということで来週のブログはお休みさせていただきます。

旅行ブログをお楽しみに!!(*゚▽゚*)

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