株式会社 Pro-SPIRE 代表取締役社長 長田ゆかり
2011年8月24日(水)(晴れ)スペイン情熱紀行その5(セビリア~マドリードへ)の続きです。8月9日(火)(6日目)7時にモーニングコールがあり、昨日夕食をとったラ・ロトンダでビュッフェスタイルの朝食です。マドリードはスペインの首都で日本人観光客が多いのか、お料理の中には白いごはん(ポロポロです。)やお味噌汁もありました。生ハムも食べてみましたが、昨夜のハモン・イベリコ・ベジョータとはお味は違いました。(たぶんハモン・セラーノ)9時、バスにのって午前中はマドリード市内観光です。日本人の”渡辺さん”という女性ガイドが付きました。(スペイン人ガイドがいたかどうか、記憶が定かではありません。)バスはシベレス広場、アルカラ門を車窓に見ながらヨーロッパ三大美術館に数えられるプラド美術館へ。(フランスのルーブル美術館、イタリアのウフィッツイ美術館/バチカン美術館、イギリスの大英博物館は訪れたことがあるので制覇か・・・??ヾ(@^▽^@)ノ)”シベレス広場(広場の中心を占める、マドリードの象徴であるシベレスの噴水は、カルロス3世の命により18世紀に計画されたプラド通りの装飾の一部として造られたものです。サッカーのレアル・マドリードの優勝を祝うパレードの最終地点としても有名です。 )””シベレス広場の前にある旧中央郵便局(もとは宮殿、現在は市庁舎本部になっているそうです。””アルカラ門(1778年カルロス3世の命で作られました。 レティロ公園の入口に面しています。)””プラド美術館外に立つスペインを代表する画家フランシスコ・ゴヤの像””プラド美術館・ヘロニモスの扉入口”残念ながら、館内は撮影禁止です。( ;´_ゝ`)荷物検査もばっちりあります。(リュックサック、お水類は持ち込めません。)ガイドさんの館内説明は1時間と決められているそうで、以下の著名な作品を日本語説明を受けながら鑑賞しました。(結構弾丸です!!)ボッシュ:快楽の園フラ・アンジェリコ:受胎告知エル・グレコ:三位一体、羊飼いたちの礼拝、胸に手をおく騎士の肖像ヴェラスケス:ラス・メニーナス、織り女たち(アラクネの寓意)、マルガリータ王女像ルーベンス:三博士の礼拝、三美神ゴヤ:Ⅳカルロス4世一家、着衣のマハ、裸のマハ、マドリード1808年5月3日、我が子を喰うサトウルヌス一通りの見学の後、自由時間が1時間近くありました。希望者には近くの革製品のお店に案内してくれるとのことでしたが、余り興味がなかったので、美術館の外のカフェで一休みしました。”プラド美術館の外にあるカフェテラス”11時40分に集合し、バスはグラン・ビア大通りの西にあるスペイン広場へ。”スペイン広場””大理石のセルバンテス像の前に馬(やせ馬ロシナンテ)に乗ったドン・キホーテとサンチョ・パンサの像、上っても良いとのことで記念撮影!!””広場の背後に建つスペインビル”広場で記念撮影タイムの後、バスでマドリード王宮へ。”オリエンテ宮(現在の国王フアン・カルロス1世と王族は住んでおらず、彼らは郊外にあるサルスエラ宮殿に住んでいるそうです。この王宮は国の行事に使用されているとのことです。)””王宮の東、オリエンテ広場に立つフェリペ4世騎馬像(プラド美術館に展示されている肖像と同じ像を造るよう命令が出ていたそうです。)””王宮に隣接するアルムデナ大聖堂(2004年に皇太子アストゥリアス公フェリペと民間出身の妃レティシアの挙式が挙げられ、王宮で披露宴が行われたそうです。)”王宮周辺は日陰がほとんどないので猛烈に暑いです。(;′□`A)オリエンテ広場にはどうやらスリがいるようなので、手荷物に気をつけるよう添乗員さんから指示が・・・(実際バッグを開けられたツアーメンバーがいました。)(´・ω・`)猛烈な太陽の光に、皆集合時間を待たずしてバスに乗り込みました。昼食はプエルタ・デル・ソル(太陽の門)に近い和食レストラン”どん底”へ。マドリードで35年続く日本料理の老舗だそうです。(いらっしゃいませと日本語で迎えられました。スペインに来て、初めて日本語メニューを見ました。)”13時半、どん底外観””塩じゃけ、エビフライ、鶏のから揚げ風?、刺身、煮物、酢の物、漬物等にごはんとお味噌汁がついた定食でした。””久しぶりの冷たいお蕎麦は嬉しかったけど、こしはありません。おつゆはかなり甘かったです。””デザートは自家製水羊羹と日本茶”お味は・・・というと、それなりに想像していた通りです。(長いスペイン駐在生活を送っている日本人にとっては有難い存在なのかもね!!って感じです。)食後(14時半)、旦那のリュックを取りに(プラド美術館で携帯できなかったので置いてきました)、一旦バスでホテルへ。これからは自由行動です。世界遺産古都トレドへのオプショナルツアーに参加した人(10名のうち6名)もいましたが、旦那と私はアトーチャ駅の近くにある、ソフィア王妃芸術センターへピカソの代表作”ゲルニカ”とダリ、ミロの作品を見る予定でいました。ホテル前から乗ったタクシーは確かにソフィア王妃芸術センター(Reina Sofía レイナ・ソフィアの愛称で呼ばれているそうです。 )の横の階段の前に着きました。4.9€にチップを含め5€(550円位)でした。”ソフィア王妃芸術センターへ行く途中で見えたマドリード駅旧駅舎””ソフィア王妃芸術センター(現国王フアン・カルロス1世の王妃ソフィアにちなんで名付けられたそうです。)”階段を上って入口に向かうと、辺りは思いの他閑散としています。( ・へ・)ガーン!!なんと入口には鉄の柵が降りていました。( ̄ロ ̄lllソフィア王妃芸術センター火曜日はお休みだったんです。(あとでガイドブックを確かめると、確かに火曜日は定休日と記されていました。日本人ガイドの渡辺さんがソフィア王妃センターの見どころ、写真撮影可の場所をバスの中で説明してくれていたので、てっきりOPENしていると思い込んでいました。Σ(T□T))明日は帰国日なので、あきらめるしかありません。 (´ゝ`)ということで、気を取り直して、通りでタクシーを拾い、アドリードの中心に位置するマヨール広場へ。運転手さんに”Plaza Mayor”と告げるとき、マヨールの最後のルは心なしか巻き舌になっていました。運転手さんは即座に”Si(Yes)!”と言って連れていってくれました。”マヨール広場と広場にあるフェリペ3世騎馬像(フェリペ3世は「怠惰王」と呼ばれ、父フェリペ2世の築いた世界帝国スペインを衰退させていったそうな。)”広場には沢山のこじゃれたバルがあり、そこここで大道芸人がパフォーマンスを披露していました。おなかはいっぱいでしたけど、暑くて喉がカラカラだったのでバルのテラス席で飲み物とタパスで一休み。”カラマレス・フリートス(イカのリングフライ)とオリーブ。一皿4人前はあります。””サングリア(赤ワインをソーダで割って、果物とシナモンを少々加えた飲み物です。アルコール度数も低く冷たいジュースみたいです。)”ちなみにバルはテラス席の方が店内で飲むより2€ぐらい値段が高いです。でも、冷房の効いた店内よりも、時折ミストシャワーがかかって涼しくなる工夫がされているテラスの方が、広場を一望できるので断然人気です。さあここからは、お土産買いです。ヾ(・∀・*)/ スペイン唯一のデパートでスペイン中に数多くある、エル・コルテ・イングレスの中の一店舗がプエルタ・デル・ソル(太陽の門)の近くにあったので、スマートフォンの地図を見ながら、徒歩でプエルタ・デル・ソルを目指します。”途中にあった生ハムで有名なバル、ムセオ・デル・ハモン(ハムの博物館の意)””プエルタ・デル・ソルの前にある旧郵便局(現在スペイン庁の建物、大晦日にはここでカウントダウンが行われるそうです。)””広場の床にはめ込んであるスペインの国道の起点となっている印のプレート””マドリードの紋章にもなっている熊と山桃の像””カルロス3世騎馬像(君主としてそれほど優れた素質ではなかったそうですが、性格は誠実で、大臣の選択には賢明であったとのことです。国力の低下により荒廃していたマドリードを再開発した王として有名だそうです。)”プエルタ・デル・ソルを一回りしてエル・コルテ・イングレスの地下の食料品売り場へ。会社の人たちへのお土産としてスペイン銘菓のマザパン(アーモンドと卵白をお砂糖で固めたケーキ)とトウロン(アーモンドと蜂蜜を固めた板状のお菓子)を買い込みます。(ちなみに旦那はどこへ行ってもチョコレート!!この暑さで溶けなきゃいいけどネ・・・)家族と自分用にアリオリソース(ニンニクの入ったマヨネーズ、スペインではタパスやパエリアに添えて出されます。)やフォアグラのパテ(これはフランス製でしたが、安かったので・・・)も買いました。マドリードにはLOEWEの本店もありましたが(場所は移転中)、やっぱりブランド物は日本が一番品揃えが多いし、20万円のバッグが円高で13万と言われてもね~~~!!(ツアーで一緒だった方の中には今回の旅行の最大目的がLOEWEの本店で買い物をすることと言う方もいらっしゃいましたけど・・・)今夜はスペイン最後の夜を満喫したくて、タブラオでフラメンコを鑑賞する予定です。プエルタ・デル・ソルからホテルまで歩き、しばしシエスタ(お昼寝)タイム。20時半、ツアーの人達の中の希望者3組6名でグラン・ビア大通りをちょっと側道へ入ったタブラオ、トーレス・ベルメハスへ。ちょっと狭いけどアルハンブラ宮殿を模した内装で、雰囲気抜群です。20時半から21時20分までディナーです。”ミックスサラダ””メルルーサのソテー””バニラアイスクリーム桃のシロップ煮添え、このあとはエスプレッソ。)”赤ワインは飲み放題でしたが、ショーが始まる前に眠くなってもいけないのでそこそこに・・・デザートになった頃、いよいよフラメンコショーの始まりです。”フラメンコショー、女性の踊り手(バイラオーラ)が4人登場しました。”正直このフラメンコショーはJTBに頼んだオプショナル(112€/人)だったので、観光客向けかと思ってたんですけど、良い意味で予想は大外れ!!素晴らしかったです。!<(゚▽゚*)> 感動しました!!特に最後にスーツ姿で踊った男性(バイラオール)の踊りは圧巻でした。心から踊りを愛しているのが伝わってきました。!(゚∇゚ノノ"☆22時半にショーは終了。(この後、もう1回ショーがあるそうです。)スペイン最後の夜、素敵な想い出になりました。8月10日(水)(7日目)7時にモーニングコールがあり、ラ・ロトンダで朝食です。ちなみにスペインはフランスやイタリアと違って、街中はもちろんのこと一流ホテルでも英語はほとんど通じません。ウェイターにスクランブルエッグにつけるケチャップを頼んだら、英語のわかる人をわざわざ連れてきてくれました。(あたしの英語がへただったのかも・・・)8時半にポーターが荷物を取りにきました。9時、ホテルをバスで出発。マドリード・バラハス国際空港へ。”空港へ行く途中にバスの車窓から見えたラス・ベンタス闘牛場””マドリード・バラハス国際空港”空港でパエリア鍋付のパエリア材料を購入しました。結構重たいです。12:15LH1801便にてドイツのミュンヘン国際空港(14:50着)へ。ミュンヘンで出国手続きをしました。成田行きの飛行機の搭乗時刻まで5分しかないと言われ、残念ながらミュンヘンの空港内でお買物をする時間はありませんでした。(*≧O≦)15:45 LH714便(A340-600型)ビジネスクラスにて成田へ。”時間がなかったのでミュンヘンで慌てて撮った搭乗口”機内で早めの夕飯を食べて、またまた爆睡です。(--)zzZZ”機内食(和食前菜)”翌日8月11日(木)日本時間10:00(スペイン時間午前3:00)成田に到着です。素晴らしき一週間でした。ヾ(●⌒∇⌒●)ノまた、仕事頑張れます!!恒例旦那の集めたピンズコレクションスペインシリーズ(今回も訪れた先々で購入していました。)は整理出来次第またお伝えします。Gracias!!(ありがとう)Adiós!!(さようなら)2011年11月24日追加(旦那の集めたピンズコレクションです!!)
2011年8月20日(土)(曇り)スペイン情熱紀行その4(コルダバ:メスキータ、旧ユダヤ人街)からの続きです。8月8日(月)(5日目)午前中から午後にかけて、ロッシーニのオペラ”セビリアの理髪師”で知られるセビリア観光です。日本人ガイドのおじさんがホテルまで迎えに来てくれました。9時半にバスで観光に出発です。”1992年に開催された万博のアトラクションが今も遊園地になってなっています。””マリア・ルイサ公園内のアメリカ広場(向こうに見える建物は1929年のイベロアメリカ博覧会のために建設されたセビリア考古学博物館)”ため息の出そうな美しい風景です。 (○ 。○)(映画”アラビアのロレンス”のロケにも使われたそうです)”車窓から見た黄金の塔(グアダルキビール川の通行税を徴収するため、建てられた監視塔。かつては金色のタイルがはられていたとのことです。上から見ると12角形。)”続いてバスはスペイン広場へ。スペイン広場は1929年にセビリアで開催された万国博覧会”イベロ・アメリカ博覧会”の会場施設として造られたそうです。ガイドのおじさんの説明はとてもわかり易いけど、しゃべり方がちょっとおね~っぽいような・・・スペイン広場でお約束のスペイン人ガイドのおねーちゃんが合流です。(キャミソール、ショートパンツに身を包んだ英語をしゃべるおねーちゃんだけど、ついて回るだけ・・・)”スペイン広場””広場の中にある噴水(虹がかかっていました)””両翼に半円形に延びる回廊と、スペイン各地の歴史的出来事を描写した壁面タイル絵が特徴的です。(下はドン・キホーテとサンチョ・パンサ)”それにしてもセビリアは”スペインのフライパン”と言われるだけに午前中ながら、灼熱の太陽が容赦なく、照りつけます。スペイン広場を出た後は、オペラ鑑賞が趣味だというおね~ガイドさんがイヤーホーンを通じて、”セビリアの理髪師”やモーツアルトの”フィガロの結婚”を聞かせてくれながら、街を案内してくれました。”伝統陶芸セビリア焼のお皿(バルのテラス席に普通に置かれていました。)””世界遺産セビリア大聖堂とヒラルダの塔””ヒラルダの塔(真下より)”セビリア大聖堂は、1位のローマのサン・ピエトロ大聖堂、2位のロンドンのセント・ポール大聖堂に次ぐ世界で3位の大きさの大聖堂だと言われているそうです。(同じスペインのトレド大聖堂の方が大きいということでもめているそうな) ヒラルダの塔は、セビリア大聖堂の鐘楼です。12世紀末にイスラム教徒によって、ミナレットとして建てられました。16世紀に入り、キリスト教徒によって、現在の約98メートルの塔に、改装・増築されました。塔の頂上には、風見(風向計)として、信仰を象徴する女性像が取り付けられました。ヒラルダの名は、風見を意味するそうです。大聖堂の中へ入場しました。 ”祭壇にはマリア像が座っていました。(8月15日の 聖母の被昇天日を前に年に1回だけ1週間マリア像が座るそうです。何回もこの大聖堂を訪れたことのある添乗員も、マリア像が座っているところを初めて見たそうです。(^_^)v””コロンブスの墓(数年前のDNA鑑定で中に納められていた4本の骨は本物であることが判明したそうです。)””黄金で塗られた飾り壁(聖書の世界が表現されているそうです)”自由行動時間が20分あったので、ヒラルダの塔に上った(らせん上のスロープだそうです)人達もいましたが、根性のない旦那と私はお水を飲みながらお庭で休憩です。(;´ρ`) ”昼食のレストランは生ハムで有名なMeson Cinco Jotas(メソン・シンコ ・ホタス)にて””ガスパチョ(冷たくってほんのりニンニクの香りと野菜の甘味たっぷりでおいしい!!)””イベリコ豚のソテー””チョコレートアイスクリームビスケット添え”生ハムは今夜のお楽しみです。(っ´∀`c)食後は路面電車に3駅ほど乗って、Sevilla.Santa Justa(セビリア・サンタ・フスタ)駅を目指します。”セビリア路面電車METROCENTRO(メトロセントロ)””Sevilla Santa Jusuta(セビリア・サンタ・フスタ)駅””15:45発、高速鉄道AVE2151号・プレファレンテクラス(1等)に乗り、マドリードへ””プレファレンテクラスではお酒を含む飲み物や軽食のサービスがあります。”でも、今夜はマドリードのウェスティン・パレスのメインダイニング”ラ・ロトンダ”でご馳走が待っているので、軽食には手をつけないよう添乗員から固く言われておりました。「┐(´ー`)┌」 セビリアを出発して2時間半、18:15いよいよMadrid-Puerta de Atocha(マドリード・プエルタ・アトーチャ)駅に到着です。”Madrid-Puerta de Atocha(マドリード・プエルタ・アトーチャ)駅”マドリード・プエルタ・デ・アトーチャ駅はAVEが開通した時に作られた、新しい駅なので、各自荷物を運びながらバスまで15分位歩きました。結構大変です!!(;;´O`)=ε3バスに乗って5分、本日、明日とマドリードのお泊りはウェスティン・パレス・ホテルです。”ウェスティン・パレス・ホテル(1912年にアルフォンソ13世国王の勅令を受けて建てられた歴史あるホテルです。パレス・ホテルをWestinが買収したんですかね。)””お部屋は普通のツインです。”20時半、夕食はホテルのメインダイニング”ラ・ロトンダ”でちょっぴりおしゃれして頂きました。”ラ・ロトンダのドーム型ステンドグラスの天井”今夜は”お気に召すままメニュー”ということで、AVEの中でメニューの中から好きなものを選べました。(ただし、出来るだけ100€以内に・・・とのお達しが・・・)以下私が選んだメニューです。(旦那と別々のものを頼み、お行儀悪いけどちょっとづつお互いに味見しました。)”イベリコ豚の生ハム(最高級のベジョータ(どんぐりの実だけを食べて育ったもの))””フォアグラのラビオリ焼きリンゴ、クリームチーズ、黒トリュフ添え””仔豚の丸焼き、玉ねぎのソテー、リンゴとバニラのピューレ添え””フルーツサラダ”どれも最高のお味でした。(特に生ハムには感激!!)カヴァ(スペインのスパークリングワイン)、赤ワイン、白ワインどれにもぴったりでした。明日はマドリードで過ごすツアー最後の一日です。楽しまなくちゃ(。ゝ∀・。スペイン情熱紀行最終章(マドリード市内)に続きます。
8月19日(金)(曇り)スペイン情熱紀行その3(グラナダ:アルハンブラ宮殿)からの続きです。8月7日(日)(4日目)7時にモーニングコール(スペイン語)があり、ホテルで朝食です。”ビュッフェスタイルのアメリカンブレックファストです。”9時に荷物を部屋の外に置き、9時半出発。アンダルシアの白い村を遠くに望みながら、バスで202Km離れたコルドバへ向かいます。”途中、トイレ休憩で立ち寄ったお店(オリーブと乾燥イチジクを味見して、おいしかったので買いました。)””バスの運転手さんが写真スポットとして止まってくれた白い村の一つBAENA(バエナ)の街の遠景”12時、歴史地区として街全体が世界遺産として登録されているコルドバ着。”グアダルキビール川の対岸から見えるメスキータ””ローマ橋”ローマ橋をわたって対岸へ向かいます。ローマ橋の上はカンカン照り!!日光を遮るものがなにもありません!!(;′□`A)アチィィ・・・ ...しかし、何故か添乗員のおばさんは速足・・・我々のことも急かします。ε=┏ ( ・_・)┛”ローマ橋を渡ったところにある旧市街への門、レストランはここを潜って3分位の所にありました。”今日は日曜日で本来休日のレストランを12時半に開けてもらうよう交渉したそうな・・・”昼食のレストランAlmudaina(アルムダイナ)”レストランの客は私達だけ。中はパティオ(中庭)風の素敵なインテリアです。(゚ー゚*)”テーブルに用意されていたパンが蝋細工のようにカチカチだったので思わず写真に撮ってしまいました!!””前菜のインゲンときのこの卵炒め””オックステールの煮込み(アンダルシア地方の名物だそうです。ちょっとコンビーフっぽいお味で柔かくておいしかったです。””チョコレートケーキ”昼食後は日本語ペラペラのスペイン人ガイドが合流し、メスキータへ。メスキータとはモスクのこと。すなわちイスラム寺院なのですが、歴史を重ねキリスト教と混じりあった個性的な美しい寺院です。イスラム王朝である後ウマイヤ朝時代にアブデラマン1世により建設されました。レコンキスタ(718年から1492年までに行われたキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称)でキリスト教徒の手にコルドバの地が戻ると、キリスト教会を建設するため一部を破壊してしまいました。。”アルミナール塔(ミナレット、ミナレットとはモスクの建物の外側に建てられている細くて高い塔のこと。 一日5回の礼拝時刻の告知を行うのに使われたそうです。)””円柱の森(約850本もあるとのこと。柱は改築時期により、材質や様式が違っています。このメスキータには約25,000人の人々が入って礼拝出来る、とても広い空間があります。)””マクスラとミフラブ(イスラム教では偶像崇拝が禁止されており、聖地メッカの方角を示し、アラーを拝む為のものとしてミフラブが存在します。ミフラブを取り巻く空間がマクスラというそうです。)””マヨール礼拝堂(モスクの中にキリスト教会があります。不思議な光景。この礼拝堂はキリスト教徒により16世紀に造られました。)””メスキータの外はオレンジが木が沢山生えている”オレンジの中庭”があります。”メスキータ見学の後は旧ユダヤ人街へ。”ユダヤ人街の道標”イスラムの都市造りの名残り、敵の侵入を防ぐ狭い道が迷路にようになっています。家の壁は日光を反射させて、室内温度を上げないよう白く塗っています。かつてこの街には多くのユダヤ人が住んでいたそうです。イスラム教は国土を持たないユダヤ人達を受け入れ、彼らの頭脳と経済力を活用したそうです。レコンキスタによってキリスト教徒の天下となると、ユダヤ人達はこの街から追放されたといいます。(スペイン人ガイド曰く現在ユダヤ人は一人もいないそうな?ほんとですかね!!) ”花の小路(旅行誌で良く見かける、メスキータのミナレットを向こうに望むベストショットが撮れました!!)”スペイン人ガイドの日本語案内はすごく上手でしたが、この後、自由時間は殆どありませんでした。(‥〃)ガイドさんとはここでお別れです。アディオス(さよなら)adios( ^-^)ゞコルドバ観光後は、再びバスでノンストップ(1時間半)で139km離れたセビリアへ向かいます。シエスタ(お昼寝)タイムを決め込んでいましたが、何故かバスの調子が・・・上り坂道になるとプスプスッって今にも止まりそうです。添乗員は「バスよ~~止るな~~~!!」」と言い続けていました。周り一面オリーブの木が植えられたこんな広大な大地(途中すっかり萎れてしまったひまわり畑もありました)のど真ん中でバスが故障してしまったら大変です。(X--X)おちおち眠っていられませんでした。(´・Å・ それでも18時、エッチラオッチラ何とかバスは本日の宿泊ホテルバルセロ・レナシミエントに到着です。ε= (*^o^*) ”バルセロ・レナシミエント””吹き抜けでリゾート感満載です!!””お部屋。床がフローリングで広々していました。”このホテルは1992年に開催されたセビリア万国博覧会のために建てられたのだと思います。かなり大型でゴージャスなホテルだけど、なんせ私達以外の泊り客を見かけません。添乗員のおばさんはロビーのテーブルに堂々とお金を並べて数えていました。スリにも気を付けなくていいぐらい閑散としたホテルということです。´c_`20時半夕食。想像通りホテル内のレストランには私達(添乗員さんをいれて11名)だけです。”ミックスサラダ(グラナダのホテルよりは小ぶりでした)””シーフードリゾット(パエリア同様サフランで色づけされています)””フルーツサラダいちごのアイスクリーム添え”いつもより量も種類もコンパクトな夕食だったので食べられました。それにしてもスペイン料理は本当にワインに良く合います。(^0^) ∀明日はセビリア観光のあと、スペイン新幹線AVEでいよいよ最終目的地のマドリードへ向かいます。おやすみなさい。(*'-'*)ノ" スペイン情熱紀行その5(セビリアからマドリードへ)に続きます。
8月18日(木)(晴れ)スペイン情熱紀行その2(バルセロナ市内)からの続きです!!8月6日(土)(3日目)本日はグラナダにあるアルハンブラ宮殿を訪れます。モーニングコール4時、荷物をドアの外に出すのが4時半、出発5時という朝から超弾丸スケジュールです。”外はまだ真っ暗です。(ホテル前)”朝食もレストランが当然開いていないということで、バルセロナ空港までのバスの中で食べるよう、ホテルのロビーでピクニックボックスを渡されました。箱の中には”サンドイッチ3つ(チーズ、ハム、サーモン)、オレンジ、リンゴ各1個、チョコレートドリンク、パイナップルジュース、ペットボトルの水”が・・・液体は飛行機内に持ち込めないので、飲みきれない飲み物はホテルに置いていくか、空港で捨てるようにとの指示が添乗員からありました。そもそも30分足らずで一気に2ℓの水分を摂れってどうなのよ??かさばって重たいし、食べきれない、飲みきれないのでほとんどをホテルに置いていくことに。(´_`)空港へ行くバスの中でサンドイッチ一切れと日本では見たことのないチョコレートドリンクを飲みました。夜明け前の早朝にもかかわらず、バルセロナ空港は人で一杯でした。”朝5時半ごろの空港内。荷物を預け、搭乗手続きをするのに1時間くらいかかりました。”スペインの格安航空会社ブエリング航空(Vueling Airlines)に乗って一路グラナダ空港へ。バルセロナ/グラナダ間およそ682Kmの距離の所用時間は1時間25分です。”格安航空とあって、機内の飲み物、スナック類はすべて有料です。寝ていたらほおっておいてくれるのでかえって良いと思いました。”グラナダ空港へは日本人のガイドが迎えに来てくれていました。(本日はスペイン人ガイドなし・・・ということはこの日本人ガイドのおじさんはスペインの公式ガイドライセンスを取得しているんでしょうネ!!)グラナダ空港からバスに乗り、本日のメイン観光目的であるアルハンブラ宮殿へ。と、ここでスペイン人ガイドのパコさんという髭もじゃのおじさんがしっかり待っていてくれました。(ただし、後にも先にもパコさんを見かけたのは宮殿入口とバルタル庭園(後で写真で紹介)でのさよならの時だけです。(´;ω;`))”アルハンブラ宮殿入口、最近システム化された駐車場の機械が壊れていて、駐車場前は渋滞していました。スペイン人は怠け者だから、このような時でもなかなかスタッフがかけつけないと日本人ガイドのおじさんは怒っていました。”アルハンブラ宮殿は、イベリア半島最後のイスラム教国・ナスル朝が残した宮殿で、その建設はムハンマド1世により始まり、14世紀後半、第8代ムハンマド5世の時に王宮が完成したそうです。 グラナダ王国として260年の栄華を極めた難攻不落の城塞は、15世紀末にキリスト教国により陥落したそうですが、その美しさゆえに破壊を免れ、その後も増築が繰り返されて、世界有数の宮殿となったそうです。 アルハンブラとは、”赤い城塞”という意味。宮殿の壁が赤い漆喰で塗られていたことからそう呼ばれるようになったといいます。 1984年にグラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区が世界遺産に登録されました。 宮殿内部の見学は11時の予約とのことで、最初にアルハンブラ宮殿の離宮にあるヘネラリーフェ庭園を見学しました。”水路の両側から噴水が注がれる”アセキアの中庭”。王は夏の間この離宮で涼をとったといいます。””庭園からみたアルハンブラ宮殿”庭園を散策しながら、宮殿内部見学予約時間の11時を待ちます。1回に300人しか宮殿内部に入ることができないので、時間前には入場口(チケット売り場から徒歩15から20分ぐらいかかります)に並んでいないと入場を断られることがあるそうです。”カルロス5世宮殿(1492年のレコンキスタ終焉(イスラム教からキリスト教へグラナダ奪還)から30年後、キリスト教国スペインの黄金時代に国王カルロス5世が建てたルネサンス様式の建物” ”ナスル朝宮殿 メスアール(政庁)の中庭(以降の写真はイスラム教時代のもの)””メスアール(政庁)の間のタイル””アラヤネスの中庭(アルハンブラ宮殿写真として良く雑誌やテレビで紹介されます!!アラヤネスとは池の両側に植えられている日本名で天人花と言う花のことそうです。向こうに見えるのがコマレスの塔)””二姉妹の間の天井(八角形の天井には蜂の巣のように細密な鍾乳石飾りが施され、天窓から差す光が彫刻に反射して輝いています)。””ライオンの中庭(酸性雨で老朽化したため、修復中)12頭のライオン像は別の建物の中に保管されていました。見学はできましたが、ライオン像の写真撮影は不可でした。(..*)かつてこの中庭にあった噴水は水時計の役割を果たしていたそうで、時刻により決まった1頭のライオンの口から水が流れる仕掛けになっていたといいます。)””宮殿から見えた世界遺産アルバイシン地区の風景””宮殿の出口まではみごとな緑の景色が広がります。ちなみにグラナダとはざくろを意味するそうです。ざくろの木があちこちに生えていました。””バルタル庭園(向こうに見えるのは貴婦人の塔)”途中座って休憩するところもほとんどなく、ゴルフのハーフラウンド分ぐらいは歩いたと思います。水は持っていましたが、冷たいビールをグビグビッて飲みたい!!(人'v`*) アルハンブラ宮殿の見学が終わって、昼食のレストランの予約の13時まで少し時間があったので、ガイドのおじさんがお土産屋さんに連れて行っていってくれました。店を一周しましたが、欲しいものがなかったのでガイドさんに集合時間を聞いて、お土産屋さんの近くにあるバルへ。カウンターで”セルベッソ=スペイン語でビール”を注文すると、タパス(付だし?)として茹でたエビも出してくれました。”ちょっと写真がぼやけちゃったけど、これで2€(220円ぐらい)ポッキリです!!グラスもキンキンに冷えていました。ε-( ̄(エ) ̄*)/ ”昼食のレストラン名は忘れました。(◎∀◎;”レストランのお庭”出てきたお料理は恐らく観光客向けにアレンジされたタパスの数々です。”トルティージャ(スペイン風オムレツ)と青トマト、以下すべて4人前です)このトルティージャは今まで食べたトルティージャの中で一番おいしかったデス!!(´∀`)””まぐろの揚げ物” ”ロシア風ポテトサラダ(ポテト、人参、グリーンピースのマヨネーズ和え)””塩漬けの鱈の揚げ物とクロケット(クリームコロッケ)””ミートボールのトマトソース煮””デザートのマセドニア(フルーツシロップにつけられたフルーツサラダ)”昼食後、バスでまっすぐホテルへ。バスの中から見たグラナダの街は暑さのせいか、スペインのシエスタ(お昼寝)の時間のせいか道には人っ子一人歩いていません。商店街もほとんど閉まっています。本日のお泊りはグラナダの中心部から少し外れた(タクシーで5分)ホテル・ナザリエです。”ホテル・ナザリエ””アルハンブラ(赤い城塞)を意識してか、赤が基調のインテリア”朝が早かったし、歩いたし、おなかもいっぱいでお酒も入っていたため、速攻シエスタ(お昼寝)タイムです。(ただいま14時半)添乗員が17時にロビーに降りてきたら、グラナダの街を案内するって言ってくれましたが、結局目が覚めたのは17時半過ぎ。3時間近く眠ってしまいました。(__).。oO後から聞くと、皆眠ってしまって、参加したのは1人だけだったそうです。(街の中心部はほとんど人がおらず、ゴーストタウンのようだったと言っていました。帰りのタクシーを捕まえるのが大変だったそうです。ε-(^、^; )20時半、ホテル内のレストランで夕食。スペインの夕食はだいたい21時くらいからが常識で20時半でも早いそうです。 (*゚O゚)ノ”ミックスサラダ(多い!!でかい!!)””アスパラガスのポタージュスープ(アスパラガス好きにはたまりません。!!)””イベリコ豚のソテー(旦那は鱈のソテーにしました。)””デザートのシュークリーム””エスプレッソ”もったいないけど、量が多すぎて半分も食べられませんでした。 m(*- -*)部屋に戻ると、窓からライトアップされたアルハンブラ宮殿が見えました。キレイです。!!☆c(゚ー゚*)c☆明日はコルドバへ向かいます。今夜もお風呂に入ってバタンキューです。スペイン情熱紀行その4(コルドバ:メスキータ、旧ユダヤ人街)に続きます。
8月17日(水)(晴れ)スペイン情熱紀行その1(フランクフルト経由でバルセロナヘ)からの続きです。!!8月5日(金)(2日目)7時にモーニングコールがあるとのことでしたが、前日機内、ホテルで寝過ぎなのか、時差ボケなのか5時には目が覚めてしまいました。外は真っ暗!!日が暮れるのが遅いので夜明けも朝の7時を過ぎないと明るくならないそうです。超順応性の高い旦那はモーニングコールが鳴るまでしっかり高いびき!!つくづくうらやましい特性だと思います。ホテルの朝食は普通のアメリカンブレックファスト形式のビュッフェです。変わったものと言えば、スペイン揚げ菓子のチューロス(生地を熱湯で練って、星型の搾り器から搾り出して油で揚げたもの)がありました。真っ直ぐなものしか知りませんでしたが、このホテルのチューロスは丸く湾曲していました。折角なのでスペイン流にチョコラテの粉末を熱いミルクで溶かし、チューロスをつけて食べました。想像通りのお味です!!9時にロビー集合。いよいよバルセロナ市内観光へバスで出発です!!大型観光バスに総勢5組10名のツアーメンバーに加え、添乗員、現地日本人ガイド(ちょっと天然の入ったおばちゃんでした!)、スペイン人ガイドの13名ですからバスはスキスキ!!一人2席以上を占有できるのでラクラク( ´ー`)y(それでも二人並んですわるカップル(夫婦ではないそうです)がいました。(* ̄- ̄)( ̄- ̄*))それにしても、ガイドライセンスの関係とはいえ、日本語は”コンニチハ”しか言えなさそうなスペイン人ガイドがやっている仕事は全くわかりましぇ~~ん。(・◇・ ??)ただただにこにこしながらツアーに同行して歩くだけ。(*´-ω・)ン?それでも車窓からサグラダ・ファミリアが見えた時、つくづくツアーで参加して良かったと思いました。年間300万人近い観光客が訪れる名所とあって、9時半現在で一般の入場は2時間半待ちの大行列です。この時、ただの付添人にしか見えなかったスペイン人ガイドが行列をかき分け、我々を通常門以外の所から中へ入れてくれました。(仕事してたんだねm( ̄ー ̄)m)まるでディズニーランドの大行列のアトラクションにファストパスを提示して優先入場できたような快感です!!”サグラダ・ファミリア(聖家族教会)生誕のファサード(建設途中ながら、生誕のファサード部分が2005年にアントニ・ガウディの作品群としてユネスコの世界遺産に登録されました)””サグラダ・ファミリア内部(ガウディは柱を樹木に見立てて、教会内部に森林を創ろうとしたそうです。丸天井には、シュロの葉の形をした細工が施されています。) ”教会内部は未完成なので、正式な教会ではなく観光地として指定されているとのことで帽子を外す必要はないと日本人ガイドが説明してくれました。窓越しにガウディのお墓(赤いろうそくが目印)も見えました。”サグラダ・ファミリア受難のファサード”自由行動時間があったので、地下の資料館も一回りしました。サグラダ・ファミリアは未だ建設途中で、2026年、即ち15年後に完成予定だそうです。この年は、ガウディの没後(路面電車に轢かれて亡くなったそうです。身なりのあまりの質素さに最初はガウディだと気づかれず、無縁墓地に運ばれたそうです。)100周年にあたるとのこと。完成時の塔の高さは最高170m。だからバルセロナの高層ビルは、この高さを超えてはいけないのだそうです。続いてバスは高台にある、世界遺産アントニ・ガウディの作品群の1つであるグエル公園へ。”グエル公園(本来広場のテラスからはバルセロナ市街が見渡せるとのことですが、この日は晴天にも関わらず少しガスっていました!!)2枚目の写真が大階段にある有名なトカゲ!!”グエル公園はもともと施主のグエル伯爵とアントニ・ガウディの夢が作り上げた分譲住宅地で、1900年から1914年の間に建造されました。しかし、ふたりの進みすぎた発想と自然の中で暮らすという価値観は、当時の貴族たちに全く理解されず、計画されていた60軒のうち、売れたのは2軒で、買い手はガウディ本人とグエル伯爵だけであったとのことです。それにしてもまだ午前中だというのに、容赦なく太陽が照りつけます。日向は猛烈に暑いです。(;′□`A)アチィ・・ ...再びバスに乗込み、空調が嬉しいと思う間もなく、世界遺産アントニ・ガウディの作品群のミラ邸の前を通ってバトリョ邸へ。”ミラ邸外観(別名「ラ・ペドレラ」(石切り場))~車窓より””バトリョ邸外観(入場観光しました)”1904年から1906年にかけて、ガウディはこの邸宅の改築を行う際、自然光を効果的に取り込み、そのタイルの濃淡を変え、これらの光と色の効果により海底洞窟をイメージしたそうです。午前中は、曲線の使用や華やかな装飾性を持つモデルニスモ建築を堪能しました。昼食はヨットハーバー沿いのレストランCAL PINXO(カルピンチョ)へ。”コロンブスの塔(1888年万博の時にカタルーニャとアメリカの交易を記念して建てられた塔)~車窓より””ヨットハーバー””レストランCAL PINXO(カルピンチョ)外観””塩漬けの鱈とトマト、玉ねぎ、オリーブの前菜””シーフードパエリア””イカスミパエリア””フィデウア(ショートパスタのパエリア)を含めた3種類のパエリアの盛り合わせ””デザートのクレマカタラーナ(カスタードクリームの上にパリパリしたカラメルがのったお菓子、クリームブリュレに似ています!!”正直に言って、今までツアーについている食事はおいしくないものだと思い込んでいましたが、このレストランのお料理はとてもおいしかった!!一緒のツアーメンバーの方たちも同じことを言っていました。皆完食です。ヾ(@⌒¬⌒@)ノ ただいま14時30分。これからは自由行動です!!私達は”のだめカンタービレ”を見て、かねてから行きたいと思っていた世界遺産カタルーニャ音楽堂を訪れました。15:00から始まる英語のガイド付き館内ツアー(一人12€)にぎりぎり間に合いました。残念ながら、内部の写真撮影は不可とのことです。(´・ω・`)”カタルーニャ音楽堂外観”そのあと、恒例旦那のピンズ買のためにカタルーニャ広場からランブラス通りにあるハードロックカフェへ。”ハードロックカフェ・バルセロナ(大混雑でした)””スペインのあちこちにあるデパート、エル・コルテ・イングレス(写真はグラシア通り)” グラシア通りをプラプラしていると、そろそろ日本で言う夕方(17時ごろ)。でもスペインでは夕食の時間は早くても20時半以降とのことで今はまだ昼間!!それにお昼においしいパエリアをたっぷり食べたのであまりおなかもすいていません。ということで通り沿いのバルのテラス席でタパスをつまみながら軽く飲むことに・・・(ちなみにお酒を飲むのはあたしだけです。旦那は下戸なのでジンジャーエールです m(_ _;)m )”生ハム、クロケット(クリームコロッケ)、トルティージャ(スペイン風オムレツ)のタパスと手前はパンコントマテ(トーストにトマトペーストとニンニクをこすりつけたスナック)。ワインにめちゃ合います。”明日は朝4時起きでグラナダへ飛行機で行き、午前中の涼しいうちにアルハンブラ宮殿見学です。バルを堪能した後は、タクシーでホテルに帰って早めに寝ることにしました。本当はサグラダ・ファミリアのライトアップを見に行きたかったけど、ライトアップが22時からとのことで断念しました。(*≧O≦)スペイン情熱紀行その3(グラナダ・アルハンブラ宮殿)に続きます。
2011年8月16日(火)(くもり)待ちに待った夏休み!!行って参りました”情熱の国スペイン”へ!!今回は旦那と2人、JTBのツアー(ビジネスクラスで行くスペイン情熱紀行8)に参加しての6泊8日の言わばおのぼりさん旅行です。(バルセロナ~グラナダ~コルドバ~セビリア~マドリード)8月4日(木)(1日目)成田発が9:30の飛行機だったので、7:30に成田空港の第1ターミナル集合ということで、朝が早かったです。前日の夜、遅くまでお客様との会食だったので、深夜にあわてて荷造りをしました。4:30に何とか起きることができて(;´∀`)5:45の新宿発のリムジンバスで成田空港へ。飛行機がルフトハンザ(スターアライアンス加盟)だったので、出発までANAのラウンジで過ごしました。うどんやおそばコーナーもあってJALのファーストクラスラウンジより充実しているような・・・9:30 LH711便にてフランクフルトへ。エアバスA380型機の2階席のビジネスクラスです。”LH711便(A380)””機内食(洋食前菜)””旦那の食べた機内食(和食前菜)、そこそこおいしかったそうな・・・”離陸後、機内食を食べた以外はフランクフルトに到着直前まで爆睡!!。(--)zzZZ現地時間14:20(日本時間21:20時差は-7時間)フランクフルトに到着。”ドイツ・フランクフルト国際空港”ここで入国審査を受けて、スペイン・バルセロナに向かいます。乗り継ぎするはずのバルセロナ行の飛行機が急遽タイヤ交換をするとのことで出発が遅れるとのアナウンスが。17:10予定より1時間遅れて、LH1132便にて一路バルセロナへ。19:05(日本時間午前2:05)ようやくバルセロナ空港到着です。ъ( ゚ー^)”スペイン・バルセロナ空港”シェンゲン協定により、スペインでの入国審査はありません。空は真昼間にように明るいです。こちらでは完全に日が暮れるのは夜の9時過ぎだそうです。気温32℃。湿気は日本より少ないながらやっぱり暑いです。ε-(´o`;空港からバルセロナ市内までバスで約30分。本日と明日のお泊りはメリア・バルセロナです。”メリア・バルセロナ(全館禁煙≧口≦)””お部屋”部屋でフランクフルト空港で買ったワインとサンドイッチを食べて再び爆睡です。明日は終日バルセロナ!!楽しみにしていたサグラダ・ファミリアといよいよご対面です!! わくわくo(^o^)o